2018年10月12日金曜日

days2.1 16Bit 44.1KHz でマイク収録


元音源はYou Tube からです。
*お聴きの音は、スピーカーの再生音をマイク収録した音です*
*(完全無加工)*

元の音と比較すると・・・days2.1は、低域も伸びていませんし、高域方向のクオリティ不足でボーカルが乾き気味で瑞々しさが味わえません。

それでも全てが出鱈目というわけではなく、向かうべき目的地を見据えた音に合わせています(の、つもり・・・)。

2018年10月10日水曜日

[4k] 徹音の音サンプル20181009 01 ~TetsuOto PC-Audio Tower Reference V3 Studio / Bowers & Wilkins 683 S2 で聴く~


新たなマイクプリの導入で、全体のクオリティがアップしてますね。

個人の感想ですが、自室のSPの音をマイクで収録する”空気録音”というカテゴリー内においては、他を寄せ付けないクオリティの高さを感じますし、またある意味、お手本を示してくれているとも受け取れます。それは録音技術であったり、部屋の癖の少なさであったり、再生音の正確性であったりと多岐にわたります。

この空気録音を聴いて、徹音さんのメッセージを受け取ったような気がしました。


2018年9月30日日曜日

生音が教えてくれること

いまだ週に3~4日ですが、川の音を聞きに出かけています。

別に、海でも、風に揺れる葉の音でも、自然の音なら何でもよいのですけど・・・。

毎回同じ場所で聞く川の音ですが、その日の水量によって違いがあります。”ドォ~”とか”ザァ~”とか”チョロチョロ”とか・・。

この生音をオーディオの再生音に置き換えて考えてみたとき音が違うのに変化しない要素(?。適切な言葉ではないかもしれませんが、思い当たらないので以降も使います)があることに気付きます。

それは・・・。

上記の事柄は、生録音を始めた頃に気付いたことでもあるのですが、実のところ、変わらない要素とは、あえて生録音をしなくても生音を聞いていれば誰でも無意識に感じてることなのです。ただ無意識なので気付けないわけで、私の場合は生録音を経験したことで、変わらない要素に対する無意識が意識に変わったということです。

生音での、変わる要素と変わらない要素を再生音に当て嵌めてみることで、再生音に対しての最優先すべき要素も自ずと決まってきます。

そしてこれこそが、生録音を通して生音が私に教えてくれた”音の聴き方”の神髄なのです。

とまぁ、大袈裟に言ってみましたが、ネタをばらすと必ず「なんだ、そんなことか」となります。

本当は真髄なんてものはありません。あるのは簡単な気付きだけです。

2018年9月26日水曜日

知りたい事が多すぎる


こういう録音を聴くと、「どうやって録ったのかなぁ」と、そんなことばかりが気になります。

2018年9月19日水曜日

オーディオにおける、性能としての情報について

オーディオの技術の歴史は、原音に近づくために、情報をいかにして増やしていくかといった考えに基づいて進歩してきたのではないかと思えるのです。

蓄音機、テープ、LPレコード、デジタル媒体・・・その情報は当然の如く、正確性が問われ、出鱈目であってよいはずはなく、伝送系においても同様であるわけです。

しかし媒体化された情報には、欠落や付加、作品としての積極的な加工もあり、生音とは違う様々なオーディオ媒体が存在します。

簡単で身近な例を一つ挙げると、ハンディPCMレコーダーの内蔵マイクで生音を収録すると、大抵の場合、生音に対して何かしら変形された音で媒体化されます。

そのような媒体をも再生する行為がオーディオであるが為に、生音と同じ音で再生することが必ずしも正確な再生とはならない場合もあるという、一見矛盾したようなややこしさがあります。

上記の事柄からも、媒体の正確な音は雲をつかむようでもあり、それ故オーディオマニアは個々の経験と感性、嗜好を基軸とした独自の音を構築します。

このように、情報伝達のいかんにかかわらず(正しい情報が流れていたとしても)、受け手の基準で最終的な音が決まります(もちろん個人の自由です)。

オーディオにおける情報の基本的理念は、正確性とその量にあり、この2つが高次で揃ってこそ高性能といえると私は考えています。

私の考えるこの情報の基本的理念は、媒体を正しく再生する方向でシステムを構築するという考えに直結するものとなっています。

2018年9月6日木曜日

二胡を初めて聴いた

中国の伝統楽器「二胡」を聴く機会に恵まれました。

音楽ホールではなかったので、天井の反射が少し出る程度の、どちらかというとデッドな環境での演奏でした。

そのためか、2階席で聴いたのですが、部屋の変な響きも乗らず、二胡の心地よい音色が耳まで届きます。

拍手も硬質にならず、日頃から慣れ親しんでいる質感が保たれ自然です。

このような音響特性の部屋で、一度オーディオを鳴らしてみたいと思いました。

2018年9月5日水曜日

正しい音には価値がない

オーディオマニアの方との会話の中で、「(オーディオにおいて)正しい音には価値がない」というフレーズが飛び出した。
この発言に対しての私の見解は、一理ある・・誰も求めていないならば、本当は大切なことであっても値はつかない。

しかし発言した人の視点は違っていて、”そもそも正しい音など存在しない。つまり存在しない音に価値などない。現実的な話、つまりは嗜好の音にこそ価値があり、正しい音の追及、推奨を掲げることにさえ(このブログのこと)違和感と嫌悪感を持つ。”
・・と、要約するとこんな感じか・・・(オーディオ仲間の発言なので、いがみ合ってるわけではありません。こんな会話はいつものことです”笑”)。

このマニアの方の発言は、正しい音を否定することで、自分の嗜好の音を推奨することを目的としていることはわかっている。

しかしながら、なるほど!面白い!人の意見は聞いてみるものだ。

確かに言われる通り、真に正しい音など存在しないだろう。そこで私は”ストライクゾーン”という方向性と振れ幅を持たせて正しい音を語っている。これは現実的な発想だと思う。

「正しい音には価値がない」という個人的な意見があるということを知ることができたのはよしとして、はたして本当に正しい音には価値がないのであろうか?

オーディオの歴史には詳しくないが、現在に至るまでオーディオの技術者達は何処を目指して技術を進歩させてきたのか?

原音再生ではなかったのか?違うのか?

もしそうなら、嗜好の音は、その技術に支えられている


2018年9月2日日曜日

【実験】24Bit 96K で録音

*カット以外は無加工の音源です*

音源:レコード(vinyl)
ターンテーブル:YAMAHA GT-750
カートリッジ:AT150MLX(オーディオテクニカ)
フォノイコ:SHELTER MODEL 216
PC : kodama-ssp(徹音PC)
*フォノイコ→PC直結*24bit96K で録音

これより前にYou Tube にアップしたレコードの録音は32bit192K でしたが、今回は録音ソフトを変えた関係で、24bit96K での録音となりました。
スペックは落ちていますが、クオリティに不足は感じるでしょうか?
本来は同じ曲での検証が必要なのですが、面倒なのでやってません(汗)。

2018年8月29日水曜日

○○では出せない音、という表現について

「○○では出せない音」

いろいろパターンはありますが例えば、”ハイレゾでは出せない音””ハイエンド機では出せない音”というような表現です。

以前オーディオ雑誌で、レコードの音に対して”ハイレゾでは出せない音”という表現を用いているのを2度みました(立ち読みですが)。

このような場合、本質的な性能を謳ったものなのか?個性を基準にした嗜好的な感想なのか?前後の文章を精査しながら読む必要があります。

”メーカー製SPでは出せない音”というのもありますが、これは自作SP愛好家の好みを基準としている場合が殆どと考えて間違いないでしょう。”ハイエンドSPでは出せない音”というのも同様でしょうね。

しかしこのような表現を用いて問題となるのは、比較対象に認知度の高いものを引き合いとして出し、それらを蹴落とすかごとく自分の作品を自画自賛し、そうすることであたかもメーカー製SPより、ハイエンドSPより優れているというような印象を与える文章に仕上げてしまうケースです。

まぁこのブログも含めて、素人が趣味でやっていることですから鵜呑みにはしないと思いますが、信用に値するか否かの判断は読み手次第となります。

「○○では出せない音」という表現を見かけたら、「○○では出ない音」「出してはいけない音」と置き換えて考えながら読んでみると、純然たる性能差を語っているのか、嗜好を基準とした感想でしかないのかの判断が付きやすいと思います。

2018年8月23日木曜日

生録音には興味はなかった

今現在、生録音は趣味と化していますが、元々はそうではありませんでした。
そもそも生録音とは縁遠く、興味も薄く、ましてやお金が掛かることなので、やらなくてもよいならやりませんでした。
しかし、自作SPの音の向上には必須と判断し、また本当の音を知りたいという思いもあり、避けては通れぬと、渋々始めたことです。

どうにかこうにか”オーディオの音合わせに使える音源”を録れるようになり、その結果として現在の自作SPの音があります。もちろん音が完成したという意味ではありません。

目的は何なのか?目的達成のための過程には何が必要なのか?本当に必要ならば、興味のないことでもやるしかありません。

私はそこに時間とお金をつぎ込みました(できる範囲で)。

最初は興味の薄い生録音でしたが、結果的に想像以上に多くのことを学ぶことができ、目的地にも近づくことができたと思います。
以前の自作SP主体の再生オーディオだけでは、今のこの地点には絶対に辿り着けなかったと確信しています。

生録音の経験は、過去の呪縛から私を解き放ってくれました。それは真の音への目覚めと言い換えてもよいかもしれません。

2018年8月15日水曜日

映像キャリブレーションに関する記事


日本でもブレーク間近? “基礎の基礎” からわかる「映像キャリブレーション」解説

以下、上記リンク先記事から引用
映像装置で入力と出力の関係が基準と異なるとすれば、「画作り」の要素が大きい。暗部を沈めて明部を飛ばし気味に調整すると、音でいう「ドンシャリ」的にメリハリが効いて素人受けするが、制作者の意図とは異なってしまう。例え、黒潰れや白飛びによる階調ロスが無くとも好ましくない。
引用ここまで

音に例えて解説しているところも参考になる

2018年8月14日火曜日

公開できない危険な音源

雷雨の音源の一部をYou Tubeに公開しましたが、実は公開できないほどの危険な音源があります。

雷は、数メートルの至近距離に落ちると、「ドカンッ!!」と地響きを伴う爆発音になりますが(2度経験あり)、今回の公開できない音源は、我が家からまずまずの近距離に落ちた雷で、これまた凄まじい破裂音がします。

さすがに再生は危険(ヘッドフォン装着では耳を傷める可能性大)と判断して一般への公開は踏み止まり、危険物(?)の取扱に慣れている徹音さんにだけ音源を渡し、音のチェックをしてもらうようにしました。

それにしても自然の雷が相手ではリハーサルもないので、毎回録音レベルには苦労します・・・汗。

2018年8月13日月曜日

【生録音】雷雨

音量注意(ヘッドフォン再生は禁止)
前半と後半で使用マイクが異なります

部屋の中から(窓を開けて)収音していますので、解放感はそれほどでもないです。